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イギリスが「トイレは男女別」を義務付けた理由

東京・新宿の「東急歌舞伎町タワー」の性別に関係なく利用できる「ジェンダーレストイレ」に対して、「女性が使いにくい」などの批判の声が上がっている。
同施設は「SDGsの理念でもある『誰一人取り残さない』ことに配慮し、新宿歌舞伎町の多様性を認容する街づくりから、設置導入した」と理解を求めているが、性犯罪を懸念する向きや「いったい誰のためのトイレなのか」と批判は収まっていない。

一方、イギリスでは、2022年7月に政府が「新しく建設する公的建造物は男女別のトイレを設けることを義務付ける」と発表した。
ジェンダーの議論では日本の先をいくイギリスが義務化に動いたのはなぜなのか。

元記事

東洋経済ONLINE
「イギリスが「トイレは男女別」を義務付けた理由
活発化するトランスジェンダーをめぐる議論」
2023.04.26

https://toyokeizai.net/articles/-/668802

本文抜粋

女性が安心できることは重要」

「トイレは男女別」と義務付けられているのは、人口の5分の4が住むイングランド地方。
BBCによると、ケミ・バデノック女性・平等担当相は、義務化について「女性が安心できることは重要」「女性のニーズは尊重されるべき」と説明。
さらに政府は「ジェンダーニュートラル(性的に中立)なトイレ」が増えることについて「女性が不利益を被る」と考える人がいるほか、トイレを待つ列が長くなることも理由に挙げている。

ニュートラルなトイレの場合、男性は個室と壁面に取り付けられた小便器を使うことができるが、女性が使えるのは個室のみ。
「小便器の横を通らないと個室に行けないのが嫌だと感じている女性は少なくない」と女性団体が抗議したほか、生理や妊娠中など女性特有のニーズがあるため、政府は女性専用のトイレの確保を重要視した。

ガーディアン紙によると、同案は2021年5月に提案されたが、トランスジェンダーやノンバイナリージェンダー(自身の性自認が男女どちらにも当てはまらない、あるいは、当てはめたくない人)の人々の選択肢がなくなるとの批判が噴出。
人権団体は、「トイレが男用と女用だけになってしまうと、どちらにも行けない人が出てきてしまう」と懸念を示した。

実際、男女のトイレのほかに、「ニュートラルなトイレ」も同時に義務付けて設置しないと、トランスの人の行き場所がなくなってしまいそうだ。

政府の定義によれば、「性的に中立なトイレ」とは、個室が設けられていると同時に手を洗う場所や待つ場所をすべての人が共有できるようになっている施設である。
「ユニセックス」あるいは「ユニバーサル・トイレ」とは、すべての人が使うことができる、スタンドアローン型のトイレである(イベント会場などに設置される簡易トイレ、個室だけで完結するトイレなどをイメージ)。

ロンドン近辺では、筆者はまだ「ジェンダー・ニュートラル」と書かれたトイレを実際に使ってみたことはない。
ただ、昨年秋、この点で一歩進んでいるスコットランド・グラスゴーの美術館を訪れた時、「男性」「女性」「ジェンダー・ニュートラル」の3つのドアがあるトイレ施設を体験した。

「ジェンダー・ニュートラル」のドアを開けてみると、便器が置いてあるだけの小部屋で、いわゆる「スタンドアローン形」だった。
イギリス政府の定義に照らせば、「ユニバーサル・トイレ」に当たる。「女性用」では、個室が並び、その前に手洗い場所がある、公共の建物でよく見かける形となっていた。

「学校でトイレを使ったことはない」

今後、少なくとも3つの種類のトイレを設置することが望ましいとみられるが、現状では揃っていない施設も少なくない。

「学校でトイレを使ったことはない」。昨年4月、イギリスのスコットランド・ファイフの中学校に通うフェリックス君はBBCニュースにこう語った。その理由は、「自分はトランスだから」。

フェリックス君の学校には男子用、女子用そして障害者用のトイレ・更衣室があり、どれを使ってもいいという。
しかし、この選択肢はフェリックス君には適さない。
「女子用に入れば、女生徒たちが『なぜ男子なのにここに来るの』という視線で見るし、男子用に行けば、『なぜ女子が男子用を使うのか』と思われる。障害者用を使えば、障害者のスペースを自分が取った気持ちがする」。

学校側は「建て替えるわけにはいかない」として、現状のままで対処するようフェリックス君に伝えたという。

「LBGTQ」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、特定の枠に属さないクイアなどの頭文字を合わせた、性的マイノリティを表す)という言葉がイギリスで一般的な語彙となって久しいが、近年、議論が活発化しているのがトランスジェンダーについてだ。
比較的新しい概念のため誤解も多く、社会もどのように対応するべきなのか、右往左往している。

イギリス政府の推定では国内の20万~50万人がトランスジェンダーに該当する。
ある調査では41%が差別を受けた経験があり、否定的な反応を避けるため、67%がトランスであることを公表しない。
見た目が男性でも心は女性(「トランス女性」)、あるいは逆に女性の姿をしていても自分は男性と認識している人(「トランス男性」)とどう付き合ったらいいのかについても定まった形があるわけではない。手探りの状態なのだ。

先駆的なスコットランド、中央政府と対決

スコットランドでは2021年、トランスジェンダーの生徒を支援するための指導書を配布している。
これによると、トランスの生徒は出生証明に書かれた性別(男性か女性か)と同一の専用トイレを利用する義務はない。

イギリスでは、トランスの人はパスポートや運転免許証など法的手段に訴えることなく性や名前を変更できることが多いが、法的変更は「性認識法」(2004年)に基づいて、法的に性を変更することが可能だが、医師による診断書が必要になるなど、手続きはかなり煩雑だ。

こうした中、地方分権によって自治政府があるスコットランドでは、昨年末、性別変更手続きを簡素化する法案が自治議会で可決された。

これによると、最終判断をイギリス全体をカバーする性認識委員会に任せるのではなく、スコットランド内に委員会を置き、申請時には医師による診断書は必要とせずに、自己申告での変更が可能とするほか、申請時点で自認する性として生活した期間は2年間ではなく、3カ月に減少させる。

さらに、現状では申請者は成人(18歳以上)が対象となるが、これを16歳に下げる。
ただし、16歳と17歳の場合は自認する性として生活した期間を6カ月にする。
これにより、日本で言うと高校生入学時から、トランスジェンダーの人が心と体の性の不一致を少なくとも法的に解消できることになるわけだ。

スコットランド議会に法案が提出されると、性自認が改めて議論の的となった。

反対派は、法律で性の変更が簡単にできるようになると、男性として生まれた人物が「自称女性」としてこれまでは女性専用となっていた空間に入りやすくなり、違和感や脅威を感じる女性がいる、と主張する。
小説ハリー・ポッターシリーズで著名な、スコットランド在住の作家JKローリングもこれを支持。
女性の権利の擁護組織も反対を表明し、スコットランド民族党(SNP)による政権内では法案に賛同できないと辞任する議員が複数出た。

それでも、当時の自治政府首相ニコラ・スタージョン氏が強く推したこともあって、昨年12月、スコットランド議会は法案を可決。
ヨーロッパではアイルランド、デンマーク、ノルウェー、ポルトガル、スイスなどで自己申告での性別変更手続きが可能なため、ヨーロッパ大陸並みになった、ともいえる。

ところが、今年1月中旬、中央政府が待ったをかけた。
スコットランドの法律がイギリス全体の法律に抵触する場合、政府はその取り消しを求めることができる。
そこで、スコットランドの性別変更の法的手続き簡易化法案の取り消しを求める決定を下したのである。
中央政府によるこの権限が行使されるのは、今回が初めてだ。

4月21日、スコットランド政府は中央政府による法案取り消し決定の合法性について、民事控訴院(スコットランドの民事事件を扱う最高裁判所)に提訴し、戦う姿勢を崩していない。

女性刑務所に入れられた元男性

中央政府と自治政府の間で性別変更簡素化法案の是非について不協和音が響いていた1月末、元男性のトランス女性がスコットランド内で1つしかない女性専用刑務所から男性専用の刑務所に移送されたことが報道された。

2016年と2019年、スコットランドの第2の都市グラスゴーで女性らに性的暴行を働いたアダム・グラハムは、今年1月の裁判が始まるまでにホルモン治療などを受けて身体を女性に転換させた。
子供時代から自分がトランスジェンダーであると認識してきたという。
名前もアダム・グラハムからイスラ・ブライソンに変えた。

1月24日、ブライソンに有罪判決が下った。
量刑が決まるまで男性刑務所に拘留されるはずだったが、トランス女性であることが考慮され、スコットランドで唯一の女性専用刑務所に送られた。
しかし、女性受刑者の身の危険が脅かされるという声が高まり、最後は男性刑務所で受刑することになった。
トランス女性が女性へのレイプ罪で有罪となるのは、スコットランドではこれが初だ。

トランス女性は男女どちらの刑務所に送られるべきだろうか。
ブライソンの例では「元男性」「女性に対するレイプ罪で有罪」という特徴があったために、最終的に男性刑務所に送られた。
スコットランドではトランスジェンダーで受刑中の人が少なく、トランス専用の刑務所は設置されていない。

イギリスで浮上する「平等法」の改正

一方、イギリス政府は、年齢、障がい、婚姻関係、人種、宗教、性などによる差別から国民を守る「平等法(2010年)」の中で定義される「性」を「出生時の性」と再定義するため、法律の改正に動きだした。「性についての解釈が揺らいでいる。平等法の下での定義について疑問を投げかけるのは理にかなっている」と政府閣僚は説明する。

議会での議論には時間がかかり、すぐに改正は実現しない見込みだが、もし改正があれば、トランスジェンダーである人は男女いずれか専用の空間(例えば病棟)への出入りが限定される可能性もありそうだ。

人間の基本的なニーズに対応するトイレ、あるいは男女それぞれで分けられることが多い病棟、刑務所などでトランスジェンダー対応が必須となってきた。

その一方で、例えば男性として生まれた人が女性であると自認し、法的にも女性としての認定を受けた後で、脱衣所など女性専用となってきた場所に出入りすることは認めるべきなのか、あるいは限定するべきなのか。限定するとしたら、差別にならないのか。イギリスでは、先の元男性・トランス女性の例をきっかけに、「立ち入りさせない」雰囲気が強くなっているが、まだまだ模索が続いている

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